システム思考は小学1年生でも使えます。

男の子の1人がこう言います。「まず、僕らは『いじわるな言葉』を言われて、『傷ついた気持ち』になるんだ。それから、ケンカが始まって、それで、もっといじわるな言葉を使ってしまう。そうしたら、もっと傷ついた気持ちになって、もっといじわるな言葉を使ってしまうんだよ。」

書評『イシュマエル』文化にまつわるダイアログ

「当方教師——生徒募集。世界を救う真摯な望みを抱く者に限る。本人直接面談のこと」
これがイシュマエルの書き出しです。私たちが共有する世界に対する前提への、目の離せない冒険です。グローバルな問題に対する、創造的で前向きな解決策を提示したフィクション作品としてターナー賞を受賞した本作は、私たちのカルチャーの「物語」がはるか遠くに示唆するものに対する、強力な問いを投げかけます。

学習する組織をどのように定義しますか?(前半)

組織に浸透するマインドセットは、たった2つしかありません。コントロールと学習です。問題は、支配的なのがどちらかです。学習が支配的であれば、「学習する組織」と呼ばれるもののあらゆる側面を生み出していることを保証します。

インタビュー:ピーター・センゲ ④(Journal of Beautiful Business誌)

世界には、教育のルネサンスのように、希望を再び吹き込むようなムーブメントやイニシアティブがたくさんあります。テクノロジー業界の古いジョークに「未来はすでにここにある。ただ均等に行き渡っていないだけだ」とありますが、これが、これまでのどんな時代よりもその真実味を増しています。最も必要なものが、すでに生まれている場所を見つける必要があるのです。

インタビュー:ピーター・センゲ ③(Journal of Beautiful Business誌)

教育に革命が起きていると、私は信じています。多くのイノベーションの事例が、世界中のあらゆる文化圏、あらゆる社会で 起こっています。今プロジェクト型学習(PBL)は、巨大なグローバルなムーブメントになっていて、子どもたちは、誰かが造った教室での演習ではなく、意義のあるプロジェクトを通じて、 学習に取り組めるようになっています。Teach For Allのような団体は急速に成長していますし、「思いやりを持ったグローバル市民を育てること」を目的に掲げる国際バカロレア校も、すばらしい取り組みを行っています。

W・エドワーズ・デミングが語った「教育とビジネスの深いつながり」

晩年になると、彼は自分を世界中に知らしめていた「品質管理(Quality Management)」という言葉を使うのを拒否するまでになっていました。彼は「その言葉には、まったく何の意味もない!ほとんどの企業がこれまでずうっと続けてきた、バカバカしいことを続けるための都合のよい口実を与えているだけだ!」と話しました。

マネーと資本について (u.lab 2.0)

「私が自分の利益をどうしようが、あなたには関係ない!」という考え方が問題なんだ。利益が問題なんじゃない。問題は、「放っておいてくれ。それは私のお金なんだから!」という態度なんだ。今それが「私のお金」であるのは、社会のメカニズムによって、私のところへお金がやって来たからであって、自分でお金を刷ったわけではないだろう?

断続的に注意力を奪われている人のIQは、1日を通して10~20%も低下しています

私たちは、常に断続的に中断させられる状態にあり、何かに対応し続けることを迫られています。会議に出るとき、みんながテーブルを必要とする理由は1つだけで、自分のデバイスをテーブルの下に隠し、会議中に2つのことを同時並行できるようにするためです。この「同時に2つのことをする」という考えは、実にバカげています。2つのことを同時にはできません。1つのことしかできないのです。問題は、何かをやりながら、別のことを考えていることです。こうして永続的に注意力を失った状態で、私たちは生きています。

2030年の教育ビジョンとは – グローバルな教育を探して(4)

学校の多様性と学習者の多様性がマッチしていることです。私たちはみんな異なる学び方をします。ですから、本当に「学ぶこと」を中心に据えた学校(「教えること」ではなく)なら、様々なタイプの学習者に奉仕することができるでしょう。

ピーター・センゲの毎日の修養(プラクティス)とは

多くの人が、「私にとっては、走ることがプラクティスなんです」と言いますが、これには賛成しません。ほとんどの人にとって、走るのはストレスへの対処法だと思います。本当の修養(カルティベーション)というのは、それをはるかに超えるものなんです。

企業にとっての利益とは、人間にとっての酸素のようなものです(P. F. ドラッカー)

ドラッカーのたとえ話がいちばんはっとさせられるのですが、こう話しています。「企業にとっての利益とは、人間にとっての酸素のようなものだ。足りなければ、死んでしまう。しかし、もし人生で最も重要なのが息をすることだと思っているなら、その人は何かを見落としている」。
利益は、手段に過ぎないんです。

学習が起きる環境を創造する – グリーン・スクール・カンファレンス(7)

ある朝、目覚めると、教育のシステムが変革されている。そんなことは起こりません。変化には何十年もかかるでしょう。間違いありません。このモデルを世界中の社会に浸透するには、20~30年かかることでしょう。しかし、この変化が起こらなければ、その他に必要だと思っている変化のことはあきらめた方が良いでしょう。

私たちが成長して「持続可能」という言葉が似合わなくなることを望んでいます

私が望んでいるのは、「私たちが成長して、この『持続可能』という言葉が似合わなくなること」なんです。ここ15年くらいを振り返れば、この持続可能性、持続可能な発展という言葉がメインストリームで使われるようになりました。これらの言葉が最も大きな貢献をしてくれたと思うのは、自然環境の問題と社会の不平等という問題という2つの間に、人為的につくられた分断を解消してくれたことでした。