オットー・シャーマー x ピーター・センゲ(U.Lab インタビュー その5)

U.Lab 1.0より、オットー・シャーマーによるピーター・センゲのインタビュー(前回の続き)です。ピーター・センゲのシステム思考との出会い、MITでのジェイ・フォレスター博士との出会いを語ります。

2015年9月10日開始「U.Lab – Transforming Business, Society, and Self 2.0」の登録はここから


オットー・シャーマー:ピーター、君の言った「2つの根本的な部分」とは、1つがエコシステムの現実、つまりグローバルな相互依存性という特徴を持った「現象」の部分で、もう1つが、この世界をかたち作る私たちの認識という「意識」の部分だ。この意識というのは、私たちのエゴシステムの意識を覆っているもので、そして君の言う通り、このエゴシステムの意識とは、私たちが自分の体験や認識を、慣れ親しんだ方法で読み解いて構成するやり方のことだ。

しかし、私たちも経験から分かっているように、私たちは、自分自身とは異なる視点に手を伸ばし、触れることができる。そして、自分の体験に違う解釈を与えることができるんだ。つまり、エコシステムの現実と、私たちの習慣化されたエゴシステムの認識や体験という、2つの世界のズレが、ブラインドスポット(見ることの出来ない部分)を生み出している。これが、システム思考が解決しようとしているものであり、私たちの取り組みが解決しようとしているものだ。

そこで、これまでの進化の過程を振り返れば、どんなポイントに注目してきただろう?どんな風に進化してきただろう?もし、ジェイ・フォレスターのシステムダイナミクス・グループまで遡れば、君はこの分野の進化をどう思う?ここ30〜40年間のシステム思考の進化をどんな風に捉えるだろう?

ピーター・センゲ:もちろん、私たちは誰もがこうしたことを、自分の個人的な視点や経験の中の特異な点から捉えるものだ。しかし、私の場合は、こうした問題に早くから関心が向いていたおかげで、大学院生としてMITに来たときには、自分が何をやりたいのかはっきり分かっていた。 ただ、どうすればそれができるのかは、まったく分からなかった。私は本当にMITへ出願しただけで、どの研究科や学部にも出願すらしなかったんだ。だから私が入学できたのは本当にただの幸運だ。

でも、私は自分がやりたいことはきっちりと分かっていた。ただそれをMITでどうすればいいか分からなかったけれどね。私は、システム的な世界観というのをもっと深く学びたかったんだ。 それまで、私は学部生として工学を学んでいた。私がシステムの視点に出会えたのは、実に200年以上に渡って、エンジニアたちがこれを発展させてきていたからだ。しかし、それはもちろん機械に対する考え方だった。洗練された相互関係的な、電気工学や化学の計算、そして近年ではもちろん量子計算もそうだが、このテクノロジーの連続体のすべては、システムを創り出すためのものだ。

しかし、私が本当に関心があったのは、社会というシステムであり、人間どうしの相互関係製をどのように理解するかということだった。もしかすると、これら工学というものは全部、その1つの基礎としては関係していたのかもしれないけれど、ただ私の関心とは全く別のものだということが明らかだった。 私は元々工学の勉強をしていたから、MITのような場所に惹かれていくのは自然なことだった。

そして、第1セメスターのうちにメンターを見つけたんだ。これはすべて、ただ運が良かったんだ。計画なんて本当に何もなかったのだから。 私の計画は、MITへ行く、それだけだ。そして、いろいろなシステムを探し始めた。

オットー・シャーマー:それは、何年のことだい?

ピーター・センゲ: 1970年、1970年の秋だった。いくつかの異なるシステムのコースを聞いていたから、なんて言うか、ツアーを回るようにしていた。バイキングを想像してみてくれ。こっちで少し、あっちで少し、またこっちで少し試してみて、向かう先を考えていた。だが、わずか1週目だったと思うんだが・・・間違いなく1つ目のセメスターで、ここMITのシステム・ダイナミクスのクラスにいると、ジェイ・フォレスターという男がゲストでやって来て、講義を始めた・・・。

続きます


これまでの U.Lab インタビュー 翻訳:

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Otto Scharmer: So the two fundamental parts, you said, is the phenomenal part, which is characterized by ecosystem reality, global interdependency. And then the consciousness part, which is really the reality of our perception that shapes the world. And that is more wrapped around our ego-system awareness, which as you say is just one way we can read, it’s one way we can configure our experience, our perception habitually, as you said.

But as we know from certain other experiences, there are also other aspects of ourselves that we can tap into and that allow that experience to be read differently. So it’s the mismatch between these two worlds, the ecosystem reality and the habitual or the ego-system perception or experience that creates a blind spot that systems thinking tries to address. Or our work tries to address.

If you look at the evolution, what was focused on and how did that develop, maybe going back to the early days of the Jay Forrester system dynamics group, how do you see the evolution of that field? How do you see the evolution of systems thinking over the past three or four decades?

Peter Senge: Obviously, we all see these things from the idiosyncratic features of our own personal view and experience. But having been kind of oriented toward these issues from as early as I can remember, when I came to MIT as a graduate student, I had a very definite idea of what I wanted to do. I just had no idea at all how to do it. I literally applied to MIT. I didn’t even apply to a school or a department. It was just my good fortune that I was admitted.

But I knew exactly what I wanted to do. I just didn’t know how to do it at MIT. I wanted to go deeper into the systems world view. By that time I had been an engineering student as an undergraduate. I kind of got introduced to the systems view, as engineers have been developing it really for 200 years, more than 200 years. But of course, it’s a view about machines, and an elaborate interconnected electromechanical, chemical, and nowadays, of course, even quantum computing, the whole continuum of technologies as they create systems. But I knew what I really was interested in was social systems and how we understand the human interconnectedness. Maybe all this engineering stuff would be relevant as a foundation. But clearly, it would be very different. But since I’d had that training originally, it was natural I gravitated to a place like MIT.

And I found a mentor my first semester here. All of this is just good fortune upon good fortune, none of it really planned. My plan was I showed up at MIT, boom. And I started to look at different systems courses.

Otto: And which year was that?

It was 1970. So I showed up in the fall of 1970 at MIT. I had some different systems courses I’d heard about. And I was kind of on a tour. Imagine a smorgasbord, I’d try a little bit of this, and a little bit of this, and a little bit of this and see where it all leads. But that very first– I think the very first week, I know the first semester– I was in a system dynamics class here at MIT. And a guy named Jay Forrester came in and gave a guest lecture.

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